人類は善か悪か アンドリュー・ヤン × ルトガー・ブレグマン

アンドリュー・ヤンは2020年アメリカ大統領選挙の民主党候補者であり、アメリカのベーシックインカム運動の第一人者でもある。従来の政治思想にとらわれない自由なスタイルのおかげで急速に支持が広がり、民主党予備選挙では30名以上の候補者の中から有名政治家を次々と追い越してトップ6にまでのぼりつめた。日本では拙訳『普通の人々の戦い』が今年出版されている。現代のアメリカに生きる「普通の人々」が直面している問題を網羅した作品だ。ルトガー・ブレグマンはオランダ出身の歴史学者・哲学者であり、ヨーロッパにおけるベーシックインカム思想の期待の星である。前作『Utopia for Realists』(現実主義者におくるユートピア)は『隷属なき道』という邦題で2017年に和訳が出版されている。今回のポッドキャスト対談はブレグマンの最新作『Humankind: A Hopeful History』(希望の人類史)の刊行を記念して行われた。少し長めの内容だが、ベーシックインカムから人間本性論へとリズミカルに思想を深めていく二人の軽快な語り口が伝われば嬉しい。

<Part 1> 0:01:24

ヤン 今回は天才的で哲学的な―比喩ではなく本当に「哲学者」であり、私の「知の師匠」でもある―ゲストをお招きしています。ルトガー・ブレグマンです! ルトガー、Yang Speaksにようこそ!

ブレグマン ありがとう、アンドリュー。来るのを楽しみにしていたよ。きみの大ファンなんだ、実は。

ヤン 僕こそきみの大ファンだよ。さてさて… 覚えているかどうか知らないけど、初めて会ったのはたしかバンクーバーできみが貧困とユニバーサル・ベーシックインカムについてTED Talkをやったときだよね。観客席から「この人はすごい」と思ったのを覚えているよ。あれから「貧困は人格の欠如ではない。カネの欠如だ」というきみの言葉を引用しまくっているし、あのスピーチも片っ端からみんなに送った。『Utopia for Realists』(訳注:『現実主義者におくるユートピア』―邦題は『隷属なき道』に改題されている)もすばらしい。衝撃の作品だけど、たくさんの読者に愛されている。この前最新作の『Humankind』(訳注:『人類』)が出たばかりだよね。副題は『A Hopeful History』(訳注:『希望の歴史』)となっている。何がきっかけで書こうと思った本なのか、まずは教えてくれるかな。

ブレグマン この本を書くに至った経緯ねえ。15年か20年前くらいだったと思うけど、科学に静かな革命が起きていた。心理学や文化人類学や考古学など、たくさんの分野で起こったことだけど、シニカルな人間観からお互いを認め合って高め合うような希望のある人間観へ科学者が見方を変えたんだよ。僕は個々の事例をつなぎあわせて一つの全体像を作ろうとしたわけだけど、それだけじゃない。ユニバーサル・ベーシックインカムを主題とする前作『Utopia for Realists』の宣伝に協力しているときに気がついたことがあって。[ベーシックインカムの]妥当性を示す証拠を集めていた頃ね。70年代以降にアメリカやカナダをはじめ色々な場所で実験が行われて、ベーシックインカムはいわば「人々のベンチャー資本」のようなものだということが示された。医療費は下がり、犯罪率も下がり、子どもたちの学校の成績は上がる。万々歳だったわけ。早速ブックツアーをやって、[ベーシックインカムという]アイデアを何千人もの人たちと語ったんだけど、そのときに何度も何度も繰り返し出てくる議論があった。30分か40分話すと科学的証拠から人間本性論へと必ず話が進んだ。UBIへの反論として一番よくあるパターンがそれだったからね。

ヤン つまり、みなさんこう言うわけだ。「カネをばらまいてもろくなことが無い。人間は怠惰で自惚れで非道な生き物だから」。要約になってる?

ブレグマン まさしくそのとおり。耳が痛くなるくらい何度も言われたよ。「小規模ならうまくいくかもしれない。カナダとかヨーロッパの国とかならばうまくいくかもしれない。でも大規模にやるのは無理だろうし、アメリカで成功させるのは絶対に無理。それが人間の性(さが)だから。人間ってのは自分勝手な生き物よ。怠惰だし。カネを与えても麻薬や酒に消えるだけだろう」ってな調子でね。それを聞いて、ああ、問題はもっと深刻なんだなと気がついたわけ。思えば、こういうシニカルな人間観は僕らの文化にあまりにも深く根付いている。古代ギリシアにまで溯ってみられるものだし、キリスト教の教父だって「我々はみな罪びとである」と言っている。啓蒙思想の哲学者やアメリカ建国の父もしかり。ジョン・アダムズなんて「All Men Would Be Tyrants If They Could」(訳注:「人は誰でも独裁者になりたがる」)という題名のエッセイを書いたほど。人間の自己中心性は、もう何十年も資本主義社会の中核にあり続けてきた。人間はホモ・エコノミクス、つまり基本的に自己中心的な存在だというわけ。

ヤン 合理的功利最大化生物ってやつね。「功利」を貯め込むだけがとりえ(笑)で、とにかく高く高く積み上げてやろうと。

ブレグマン それがいわゆる「無害な」アイデアではないところがやっかいでさ。どの人間論にも前提となっている人間像を実現してしまう傾向があるから。ロバート・フランクという経済学者がいるけど、生徒を使ってこんな実験をした。人間の寛大さを計る小実験なんだけど、経済学部の学生は学年や学歴があがるにつれて自己中心性が強くなっていく。ホモ・エコノミクスへと変わっていくわけ。そうなるように教え込まれるわけね。「単なるアイデア」なんてものはありえない。

ヤン まあ、きみの本にも書いてあるけど、人間は期待されたものを実現する生き物だっていうのはよく言われるよね。子どもに大きな期待を抱いて「すごいね。頭良いね。うまくいくはずだよ」って言い聞かせてあげれば、実際に成績も伸びる。逆もまたしかりで、「これ苦手なの? お前は本当にダメだね」って言えば成績は落ちる。決断力に関しても同じことが言えると思う。「頼れるのは自分だけ。だから自分の幸せだけを考えて生きろ」って言われ続けたら、「なるほど、そうかもしれない。それが普通なんだ」って思い込むのも無理ないでしょ。でもそれは僕らの本性に反する考えでもある。そういうことをきみはとてもうまく議論していると思ったよ。

ブレグマン そうそう。社会保障についても同じような議論が成り立つでしょう。自分は十分に病んでいて、十分に憂鬱で、全く救いようがない存在で、何をやってもだめなのだということを繰り返し繰り返し証明させて、見返りにたとえばフードスタンプみたいなささやかな保障を与える。当事者の決断力なんて信用しないという、一から十まで「不信感」に基づく制度なわけだ。そんな制度を作ったらどうなるか。憂鬱で他者に依存するような人間が量産されるに決まってるでしょう。完全に依存性を生み出す制度になっているんだよ。僕は2013年か2014年あたりにUBIに出会ったんだけど、そのときに「これだ!」と思った理由の一つがここにある。他の人への信頼という理念に基づいているうえに、「予言の自己実現」が起きる可能性も否定できない。正しい決断をする力を人は持っているのだという信頼感から出発してみれば、貧しい人々の人生を本当に一番良くわかっているのは貧しい人々自身だという見方に行き着く。自分に必要なものは当事者たちが一番良くわかっている。でもこういう考えにいたるためには、まずは人間観を改めないといけない。

ヤン 僕も経験的にきみの言っていることはとてもよくわかる。大統領選挙でユニバーサル・ベーシックインカムを推進していた頃にも、人間は卑しくて自己中心的で怠惰で否定的な生き物だという反論はたしかによくあった。それに、アメリカ全国を旅する中で、今のこの非人間的な社会保障制度やフードスタンプに押しつぶされそうになっている人たちにもたくさん出会った。中でも特に障害者手当制度はひどかったね。障害者手当に入っても、続けて働く能力がないということを文字通り「証明」しないと給付がない。ある女性から聞いた話では、彼女は地元でボランティアをしたがっていたんだけど、「ボランティアができるなら障害者手当はいらないね」と言われるのが怖いからできないと言っていた。そういう話は嫌というほどたくさん聞いたよ。自分にはやりたいことを実行に移す能力がないのだという見方を、制度が周囲の人々だけでなく当事者本人にさえも刷り込み続けている。悲劇としかいいようがないよね。「お前は嘘つきで卑怯なのか、それとも本当に何か深刻な問題を抱えているのか」―こう聞かれたら誰でも後者を選ぶでしょ。「私は肉体や情緒や精神の障害を本当に抱えています」と言うに決まってる。「別に障害なんてありません。手当がほしいからでたらめを言ってるだけです」と言う人がいると思う? 自分の置かれている現実をそんな風に解釈する人なんていないよ。

ブレグマン いないよね。人間は意味を求める生き物だから。何かに貢献したいと強く思うものだし、社会で認められたいと思うのもいたって自然でしょう。ソファに座って一日中テレビを観る生活に耐えられる人なんてほとんどいない。そんなことをしたら憂鬱になるだけだよ。パターナリズムに基づく社会保障制度のおかげで、僕らは人間を他者に依存させることにかけては一流になった。もちろん、社会保障を廃止せよと言いたいわけではない。貧困は世界が抱える大問題だからね。そうじゃなくて、もっと人を信頼して、所得配分にも「基盤」を作れと言いたいわけ。きみが言うように、それはアメリカでもそうだし、ヨーロッパでもそう。オランダでも全く同じことが起きてる。福祉国家に関しては国民皆保険制度がある分だけ少しマシかもしれないけど、例えば保障の給付を受けている最中にボランティア活動をしたために罰金を受けた人なんかもいる。「それはいけませんね」とか言ってさ。そういうパターナリスティックな制度では、とにかく他者への不信感が脈々と流れている。それをまずはひっくり返さないと。

ヤン まったくそうだよね。アメリカでよく聞く議論に、そういう社会保障のモデルはヨーロッパのような均質(だと思われている)社会でないと成立しないというのがある。アメリカは「国民が多様すぎる」とか言ってさ。「多様」というのはほとんどの場合人種を指しているのだと思うけどね。そういう話を耳にすることもあるけど、ヨーロッパ対アメリカというこの構図についてはどう思う?

ブレグマン まったく疑わしい議論だと思う。

ヤン 僕も同感。

ブレグマン アメリカではUBIはうまくいかないなんてナンセンス。むしろアメリカこそ世界初の実施国になるんじゃないかって僕は思ってる。ほら、もともとUBIってすごくアメリカンなアイデアじゃない? よく見落とされることだけど、ベーシックインカムの種のような政策を最初に実施手前まで運んだのは1970年代のリチャード・ニクソンだったよね。本当に実現する一歩手前まで進んだ。1960年代の終わり頃には左翼も右翼も、民主党も共和党も、とにかく万人がこれこそこの国の将来にふさわしい政策だということで意見が一致していた。左翼思想と右翼思想の完璧な融合だと思われていたわけだ。左は貧困の撲滅や所得再分配や格差是正が実現できるし、右は自由が実現できる―自分で自分のことを決めること、ささやかなベンチャー資本を手に新しい事業を立ち上げたり他の地域へ移住したりすること、そういう自由こそこの政策の基本だからね。これほどアメリカにふさわしいアイデアがある? アメリカのセルフイメージにもぴったりじゃない。それにひきかえヨーロッパには強固なパターナリズムと社会民主主義の伝統という問題もあって、お上の方々が「貧困層の救済には賛成だが、救済の内容を決めるのは我々だ」なんて言っている始末。時代遅れになるわけだよ。

ヤン ユニバーサル・ベーシックインカムを「自由配当」に改名した理由がまさにそれ。いかにもアメリカっぽい響きがあるでしょ。「ユニバーサル・ベーシックインカム」の他にも「国民皆保障」「繁栄配当」「機会配当」「自由配当」などなど、実に色んな名前をテストしてみたけど、自由配当は圧倒的に反応が良かった。

ブレグマン この名前は天才的だと思ったよ。実際、僕も最近これについては考えが変わった。『Utopia for Realists』ではまだ「ベーシックインカム」という言葉を使っていたけど、本当は「配当」と呼ぶべきなんだよね。「インカム=所得」という言葉には、働かざるもの食うべからずみたいな響きが残ってしまっている。本来、これは権利なのだから「配当」と呼ぶべきで、自分の国の一員として存在し、心臓が動いていてパスポートがあればそれだけで十分なはずのものでしょ。財源だってある。僕らの生きる社会は富であふれている。先祖代々の努力の賜物である技術革新やテクノロジーの数々もあるし、土地や建造物から得られる価値もある。巨万の共有財があるんだから、万人にそれを配当して基盤を作るのは至極当然じゃない。そういう考え方が良いと思ってるんだけど。

ヤン まったく同感だよ。僕も「これはもともとあなたたちのお金なんです」って繰り返し呼びかけた。例えば、僕らの個人データは何十億ドルという金額で売買され取引されているわけだけど、僕らの手元には一銭も入ってこない。僕らも価値の産出に関わっているのにね。僕らの社会にはこういう政策をするだけの準備が整っている。今動かないと、世界史上最悪の「勝者独占経済」が完成してしまう。すでにそういう兆候はあるよね。きみの本にもいくつか実例がある。この本の執筆にあたってのきみの問題意識が僕には痛いほどよくわかる。「なんで僕らはこれほど悲観的な自己像を持っているんだろうか。人間は放っておくと《蝿の王》よろしく共食いを始める生物だという考えを、西洋思想や実験はどうやって万人に刷り込んだんだろう」ってね。きみの議論の中にも『蝿の王』は登場する。人間は放っておくとろくなことがないクソ生物だという見方を僕らが常識として受け入れるようになった理由を一つ一つ調べて分析して吟味する作業はなかなか楽しかったんじゃない?

ブレグマン そうだね。こういう本を書けば「でもあの例はどう? この例は? こんな例もあるけど?」という風な反論がくるのは目に見えている。実によくある反応でしょ。だから始めからけっこう大きな本になるだろうということは予想していた。『蝿の王』は冒頭で論じたけど、これは20世紀で最も有名な小説の一つだよね。飛行機が墜落して、子どもたちが島に取り残される。生存をかけて社会を形成するが、失敗に終わる。文明とは薄っぺらな建前にすぎず、イギリスのエリート寄宿学校に通う子どもたちでさえも放置しておけば瞬く間に野蛮人へと堕落する。そういう小説をウィリアム・ゴールディングは書いた。1950年代に出版されてからすぐにベストセラーになって、何百万人もの子供たちが教科書で読むことになった。

ヤン 僕らも『蝿の王』は色々な場面で引用したよ。「あいつはもう『蝿の王』だ」って感じに、代名詞として使ったなあ。

ブレグマン そう。学校で読んだの?

ヤン 読んだ。

ブレグマン 僕も16歳か17歳くらいのときに読んだけど、そのときの衝撃は今でも覚えているよ。「憂鬱な話だけど、これが現実なんだろうな。もう《ハリー・ポッター》は卒業しなきゃ」って思ったもの。でもこの本では『蝿の王』みたいな実例は存在するかどうかを徹底的に調べてみた。人類史上、子どもたちが島に漂着したことはあるか、そしてその後それはどうなったのかって。何ヶ月か調べた後で一つ実例がみつかった。ときは1965年、場所はトンガ―太平洋に浮かぶ群島ね。子どもたちが6人、寄宿学校にうんざりして、給食もまずいし、船を盗んで逃亡しようとしたわけ。初日の夜、船は嵐にさらわれる。8日間漂流したあと、無人島に漂着して、子どもたちはなんと15ヶ月も生き延びたんだ。

ヤン 15ヶ月!?

ブレグマン そう、15ヶ月。現実版『蝿の王』ってわけだけど、面白いのは小説版『蝿の王』とほぼ正反対の結果になった。友情と希望と回復の物語になったのね。子どもたちも、いまだに固い友情で結ばれている。

ヤン まあ無理もないよね。一緒に難破に遭って、お互いを必要とするような状況に置かれたわけだから、そりゃ親友にもなるよ。「そういえば一緒にはりぼてを作ったっけ。なつかしいなあ」てな感じで(笑)。

ブレグマン そうそう(笑)。もちろん、これは科学的な実験ではない。単なるエピソードにすぎない。でも何百万人もの子供たちに小説版『蝿の王』を読ませるなら、現実版のほうもちゃんと知らせてあげるべきだと思うんだよね。それに、人の心を動かすのは科学的データではなくて物語でしょ? きみも選挙戦でそれは実感したんじゃないかな。もちろんデータは大切だし、僕も数学は好きだ(訳注:ヤンの選挙スローガンの一つは「MATH」つまり「数学」だった)けど(笑)、結局人間って物語でできているんだよ。それで言うと、もう何世紀も僕らは同じ物語にのっかって生きてきた。

ヤン 僕も何ヶ月も選挙を戦った後で同じ結論に達したよ。はじめはデータばかりにこだわっていて、「見てください、僕の言っていることは自明の理ですよ」ってな調子で(笑)。本当は物語や人間性や感情にうったえかけるような別のコミュニケーション法にすぐ切り替えるべきだった。僕はそれに気がつくまで何ヶ月もかかってしまって。だからきみの言っていることはよくわかる。

ブレグマン どちらも必要だとは思う。この本では心に響くような物語を取り入れつつ、研究結果もしっかり反映させて俯瞰できるようにした。なるべくメタ分析を使うようにしたし―いくつもの論文を集めてある主題の全体像を捉えるような分析のことね。科学が直面している問題の一つに、特に心理学では深刻だけど、再現ができていないという問題があるでしょ。センセーショナルな論文が『Nature』や『Science』みたいな権威ある科学誌の一面を飾っても、2年後とかには「すみません、あの研究結果は再現できませんでした」っていう落ちがつく。僕は今から10年後にもしっかり読まれるような作品が書きたかった。でもそうすると別のアプローチをとらざるをえない。

ヤン 現実版『蝿の王』は本当に面白いよね。もう一つ面白かった物語に、マスケット銃で戦っていたような頃の軍事紛争をみてみると、実際に敵に向かって発砲した兵士はほとんどいなかったという現象がある。頭上をねらったり、なんども弾を補充するふりをしてみせたりして。要するに戦っているような素振りだけしつつもなるべく人は撃たないようにしていた。これを知ったときは興奮したよ。

ブレグマン そうそう。びっくりだよね。僕もこれはちょっとした発見だったよ。思うに、僕らはハリウッドやNetflixや『Game of Thrones』に少し洗脳されすぎていて、暴力はやっかいなものだと思わされている。人間はもちろんひどいこともするけど、進化論的にはむしろ友好的になるように進化してきた。友好的な個人ほど子どもを生めるチャンスが高くなって、結果的に遺伝子を残すことができてきていたっていう証拠もたくさんある。他方で、ひどいことや残酷なことをする力も僕らにはある。人間は最も残酷な動物種だっていう主張も成り立つかもしれない。戦争をしたり、民族浄化をしたり、大量虐殺をしたりするわけでしょ。でもそういうことをするのは簡単ではない。戦争の歴史をみてみればわかることだけど、普通の兵士の中には銃が撃てない人がたくさんいた。アメリカの歴史学者がやった研究があって、賛否両論あるみたいだけど、ちょっと紹介させて。サミュエル・マーシャルという人で、彼の推計では第二次世界大戦中に実際に銃を発砲した兵士は―アメリカ人の兵士ね―全体のわずか15%から25%くらいだったんではないかということになっている。これはその後の検証でも確認されている結果なんだ。発砲って、とにかくやりにくいんだよ。銃の引き金をひけるようになるには、まずなんらかの訓練や洗脳が必要となる。人間は先天的にはまったく殺しができないんだ。それに、仮に戦場で殺人ができたとしても、帰ってきた後でトラウマになる―ベトナム戦争で特によくみられたことだよね。PTSDを患うわけで、それも人間は先天的な殺し屋ではないという点を裏付ける証拠だと僕は思う。殺しができないわけではないけど、殺しても心理的な報酬があるわけでもない。むしろ、誰かを殺すということは、同時に自分の中の何かも一緒に損なったり殺したりすることだと思うよ。

ヤン これは普遍的に言えると思うけど、兵士が例えば他の人を撃ったり殺したり、自分を危険にさらすのって、他の人たちとの結束や同志に駆られてするのがほとんどで、他の人を守りたいという思いがそうさせるんだよね。仲間を見捨てたくないという。それは最近アメリカで起きていること、ジョージ・フロイド殺人事件やその後の抗議運動について考える機会を僕に与えてくれた。抗議をしている人に対して警官がすごい暴力をふるう場面が録画されている。例えばバッファローでは75歳の男性が地面に押し倒されて頭蓋骨を骨折したよね。たしかいまだに入院中で。学生を棍棒で叩いたり、学生に向かってゴム弾を発砲してる警官の映像も出てきてる。『Humankind』を読んでから今世界で起きていることを改めて見渡してみると、「人間はもともと善良な生き物で、お互いを攻撃しあうような生き物ではないのに、それの逆をいくような話があふれているなあ」って思っちゃう。もし誰かに暴力行為をさせたかったら、きみが兵士の例で「洗脳」と言ったけど、まずは訓練を施した後で、助け合いの意識を植え付けるために横一列に並ばせる。その後で仮面やヘルメットをかぶせて、暴力をふるわれる側の人たちが視界に入らないようにする。そして暴力の文化をつくる。思うに、こういう警察署には軍隊に近いような文化が強く根付いている気がするね。

ブレグマン まったくそのとおり。警察があるべき姿の正反対だよね。僕は警察官は本来ソーシャルワーカーのようなものであるべきだと思ってる。地元の人たちと親しくて、おじいちゃんやおばあちゃんや叔母や叔父まで知っていて、だから本当に深刻な犯罪と戦うときに地元の人たちが信頼してくれて味方についてくれるようにすること、そういうことが大切なんじゃないかな。いわゆる「地域警察」ってやつ。これについてはアメリカはヨーロッパの国々から学ぶべき。例えばロンドンでは警官の9割が銃を持ち歩いていない。銃を持って重装備で公共の場に陣取ったら、人々はそれをどう受け取ると思う? 抗議運動の場に重装備で駆けつけたら、一体何をおっぱじめようとしているんだって思われるでしょう? そういう考えがちゃんとできている。ノルウェーがいい例だ。おそらく世界でも指折りの刑事司法制度を持っているからね。刑務所制度も、アメリカの正反対と言っていい。アメリカでは市民を入力したら犯罪者が出力されるような制度が税金でできてしまっている。刑務所が「犯罪大学」になってるわけだ。ノルウェーはそのまったく逆のアプローチ。

ヤン いや、もちろんそれも問題だけど、アメリカはそれよりもひどいよ。「営利の」刑務所があるからね。囚人の社会復帰を助ける動機は低いうえに、再犯が増えるとお金が儲かる仕組みなんだから。

ブレグマン そうだね、とことん悲惨で悪質だよね。ノルウェーはその正反対をやってる。みればわかるけど、まさしく逆方向へ突き進んでいて本当に面白い。囚人には看守と交流する自由がある。音楽をつくることもできて、専用の音楽スタジオまで設置されていて、「Criminal Record」(訳注:「前科」を「レコード」にかけたレーベル名)なんていうミュージックレーベルまである―これには僕も思わず笑ってしまったよ。でもその成果をみてみると、ノルウェーは世界で一番再犯率が低い。刑務所から出た人が再び犯罪をおかす確率が世界一低いわけね。お金の面でも、UBIとまったく同じように、ここでもむしろ費用の節約ができている。医療費が下がるし、法律を守って税金を払ってくれる市民が増えるわけだから。ノルウェーでは刑務所に行った人が行く前と比べて就職できる確率は40%も上がるらしい。40%だよ!? アメリカではむしろ確率は下がるでしょ? どれくらい下がるのかは知らないけどさ。

ヤン かなり下がるよ、アメリカでは。

ブレグマン アメリカの刑務所はとにかくお金がかかる。ノルウェーの刑務所もお金がかかるけど、もとの投資に対して倍の見返りがあるわけ。UBIも同じだよね。人に投資をして、創作性を高めて、いずれは起業をしたり就職をしたりして納税できるようになる。投資に対する見返りという概念があるでしょ。「警察から資金を撤退せよ」っていう議論があるけど、北欧の国々から学ぶべきだとは思うね。

ヤン 本当に、学ぶべきことは多いよね。大統領選挙のときに、ニューハンプシャー州の看守が言ったことをよく引用したよ。「刑務所に入ってからかかる費用のことを考えたら、むしろみんなにお金を払って刑務所に入らなくて済むようにするべきだ」って彼は言ったんだ。刑務所制度が抱える巨額のムダを彼は目の当たりにしていた。それが囚人の社会復帰に役立っていなかったということもね。アメリカでは一度刑務所から出た後で就職するのは至難の業。理由はたくさんあるけど、単純に雇用者側が雇ってくれないというのは大きいね。前科や犯罪歴の公表は法律で義務付けられていて、雇用者はそれを見て「いや、この人はリスクが高いからやめておこう」ってなっちゃう。

ブレグマン そうだね。とにかくものすごい人材のムダじゃない? 大量収監のせいで何人のアインシュタインが失われたと思う? 貧困のせいで失われた天才の数を考えてみて。途方も無いムダだよ。

ヤン それはそのとおりだと思うけど、僕がいつも強調しているのは、別にアインシュタインみたいな天才じゃなくてもいいじゃないということ。

ブレグマン ああ、それはそうだね。例えばゴミ収集係とかでも全然良いと思う。『Utopia for Realists』ではむしろそういう立場をとったつもりだし、この本でもそう。そもそも僕らにとって本当に大切な仕事とは何なのか、考え直すべき時期にきていると思うね。僕らは革新をもたらしたり、何か新しいものを発明したりする人をちやほやしがちだけど、本当に大切なのはむしろものごとを維持してくれる人たちの方じゃないかな。これは人類学者のデビッド・グレーバーがよく言うことなんだけど、例えばコップひとつとってみても、作るのは一度だけだけど、洗うのは千回くらい。維持と生産、どちらがより重要なのかというわけね。

ヤン 特に今回のパンデミックでは要職(エッセンシャルワーカー)の重要性がよくわかったと思う。俗に言う「高級で知的な」仕事なんかよりもよっぽど重要だということがね。衣食住が不足していてゴミが収集されずに放置されている状況では、僕が感じていることや考えていることなんてどうでもいいじゃない? どの仕事に価値があるのかっていうバランス感覚が回復できたらいいと僕も思うよ。

ブレグマン これこそUBIの最も重要な側面だと思う。ベーシックインカムという安全装置のおかげで、要職に就いている人の交渉力が今よりも格段に強くなる。よくこういう質問をする人がいる―「ベーシックインカムなんてあげてしまったら、俺の家を掃除してくれる人がいなくなっちゃうじゃないか」ってね。「そう、それでいいんだ。本当に大切な仕事をしてくれている人には、あなたもしっかり給料を払ってあげないといけないんだよ」って答えているけどね。交渉力が上がれば、当然賃金も上がる。それでいいじゃん。高すぎて払えないんなら、自分で家の掃除をすればいい。本当に大切なこととは何なのかを学ぶ良い機会じゃない。所得だけじゃなくて、尊敬の再分配でもあるわけ。何が本当に重要なのかを気づかせてくれるようなね。

ヤン そうそう、人間の存在そのものに価値を見出すような考え方だよね。僕もよく言うことだけど、本当は僕らは子どもたちに向けてこう言えなきゃおかしいと思う―「この国はきみを愛していて、きみを価値のある存在として認めていて、きみにちゃんと投資をしてくれているんだよ」ってね。それに[ベーシックインカムという]所得基盤ができてもみんな相変わらず一生懸命働き続けると思う。今までよりももっと優れた仕事ができるようになるんじゃないかな。みんながやりがいを感じるような仕事、実際に世の中でしているような仕事を認めることができるし、しかも今みたいなひどい搾取ができなくなる。アメリカでは最低賃金以下で働かされている人が大勢いるから、これは大きいよね。それに、もしあまりにも不快で大変な仕事があって、誰もやってくれる人がいないのなら、それの自動化に積極的に投資をすればいいじゃん。それこそ「改善」「改良」でしょ。例えば、僕もファーストフード店で働いたことがあるからわかるけど、たしかにやりがいもあるかもしれないけど、それでも「ファーストフード店の仕事を守れ」とか言い出す人がいたら「え、マジで言ってるんですか? そこまでして仕事を守る理由なんてある?」って返すと思うね。マクドナルドを経営するうえで人員が減らせるなら、それはむしろ良いことなんじゃない? 「辞められるなら辞めたい」と人に思わせるような雇用ならば、別に無理して守る必要なんてないと思うけど。

ブレグマン それは僕も同感だよ。それは旅をしたおかげで学んだことでもある。一方で、きみの言うとおり、自動化はもっと議論されるべき問題だと思う。他方で、僕らの文化にはまったく必要ない雇用を生み出すものすごい力がある。その力を侮ってはいけないよ。いわゆる「でたらめな仕事」(bullshit jobs)や「社会的に無意味な仕事」と呼ばれる雇用ね。日本に行ったときのことだけど…

ヤン でたらめな仕事をサポートするルトガー・ブレグマンってわけ?(笑)

ブレグマン いやいやいや(笑)。でたらめな仕事は僕も大嫌いだよ。2年前に日本に行ったとき、東京都内を歩いていてハッと気づいたんだけど、アメリカやヨーロッパですら比較にならないくらいとにかくたくさんの「不要な仕事」がそこかしこに見られたのね。例えば道路工事の現場で7,8名の人たちが立っていて、みんな「止まれ」「左側通行」「右側通行」の合図をしているわけ。別にあの人たちがいなくても、どっちに歩いていくべきかは誰の目にも明らかなのに。とにかくこういう仕事を発明することにかけては天才的だと思ったよ。でも思ったのは、「あなたの尊厳や人間としての価値はあなたの仕事によって決まります。だからあなたには何としてでも仕事に就いてもらわないといけません。さもなければ、我々はあなたを価値のある存在として認めません」って社会全体が言ったとしたら、不要な仕事がバンバン創出されるのも当然じゃない? ロボットでもできるような仕事でもさ。文化がそういう仕事を生み出すわけだね。社会における仕事の役割とか、仕事の本質とか、そういうところまで議論を深める必要を感じるようになったのはそういう経験があったからなんだ。

ヤン 僕もよく妻のエヴェリンについて話すんだけど、エヴェリンは家で2人の息子の世話をしている。そのうちの1人は自閉症でもある。エヴェリンの仕事の市場価値はなんだと思う? そもそも市場はこれを仕事として認めるだろうか? アメリカ全国の数百万人の主婦(主夫)やシングルマザーはどうだろう? ところで、きみは家族はいるの? 今気づいたんだけど、まだ聞いていなかったね。

ブレグマン 結婚はしているけど、子どもはいないよ。まだほんの若僧なもので…

ヤン 新婚さんなの? もしかして「おめでとう」って言うべきところなのかな?(笑)

ブレグマン いや、もう結婚して4年目です(笑)。付き合いで言ったらもう10年目だね。

ヤン おお、そうなんだ。どちらにせよおめでとう。とにかく、話を戻すと仕事には色々な種類があって、それは必ずしも「職」として認められていないけど、僕らにとって最も重要な活動がそこにはたくさん含まれている。例えば、病気を抱えた親族の世話。とにかく疲れるけど、誰かが絶対にやらないといけないことでしょ。他に何も義務がなくても、それだけで十分つらい仕事だと思う。人間を人間たらしめる要素をしっかり認めることこそ、ユニバーサル・ベーシックインカムの本質だと思うね。

ブレグマン まったくそうだね。

<Part 2> 0:38:05

ブレグマン ところで一つ質問があるんだけど。最近よく「変革にかかる時間」について考えるようになった。「こういう新しいアイデアを実現させるまでには実際どれくらい時間がかかるんだろう」って。視野を広げて考えてみると、アメリカでは1960年代にすでにみんながUBIや基礎所得保障なんかについて議論をしていて、あと一歩で実施というところまで話が進んでいた。あと驚いたのは、今ノルウェーにあるような画期的な刑務所制度さえも、実は最初の実験はアメリカがやっていた。つまりこれはノルウェーのアイデアではなくて、アメリカン・アイデアだったわけ。

ヤン アメリカ政府って「全国各地で何千人もの国民にお金を渡したらどうなるだろう」っていう実験をしたことすらあるんだよね。今だったらありえない話だけど、でも当時のアメリカ政府にはそういうことをする力があった。

ブレグマン 一つ希望だと思うのは、ここ5,6年で大きな転換があったよね。気候変動問題への人々の意識も高くなってきているし、格差問題もそう。それを解決するためのアイデアへの支持も高まってるよね。アメリカ国民の大半は富裕層への増税やグリーン・ニューディール政策を支持しているでしょ。

ヤン 外から見て、アメリカ合衆国では何が変わったんだと思う? 1960年代にはベーシックインカム導入まであと一歩のところまで行ったのに、急に議論が冷めてしまったけど、最近また盛り上がってきた。僕も少しは役に立てたのかもしれないけど、とにかくこの50年間で一体何が起きたんだろうか。可決までもう一歩というところまできた政策が一気に忘れ去られたのはなんでだろう。

ブレグマン それはもう奇妙な偶然の連発としか言いようがないと思う。例えば、共和党がベーシックインカムは結婚生活によくないという立場を急にとった。シアトルでの実験で離婚率の急上昇がみられたのが原因ね。でもあとでそれは統計上のエラーだということが判明する。離婚率の上昇なんて本当はなかったのね。でもそういう奇妙な偶然って馬鹿にできないと思う。それに…

ヤン そこは大切なポイントだよね。フェミニストならばむしろこれは喜ぶべき結果だと思うよ。「お金さえあれば、わざわざ不幸な結婚生活を耐え忍ぶ必要もなくなるんだ」てなわけでしょ。

ブレグマン そうだね。今でこそこういう結果は好ましいと言えるだけの状況になってきた。「ベーシックインカムで離婚率が上がるのはいいことだ。ひどい結婚生活を強いられてきた人たちがたくさんいたということが判明したのだからね」っていう風に。でもシアトル実験の結果はそうではなかった。たしかインドで行われたベーシックインカム実験では実際に離婚率が上がったと思う。ところで1960年代から1970年代への移行では、イデオロギーもぐっと変わったよね。前の本で章をさいて論じたことだけど、ミルトン・フリードマンやフリードリヒ・ヴォン・ハイエクなんていう経済学者は1950年代にはまったくの異端だった。いわば資本主義の抵抗勢力みたいな感じで、とにかく万物を民営化せよという主張をしていたのね。その後彼らのアイデアやそれに関連した機関が急速に発達してきて、1970年代から1980年代に一気に支配的になった。危機をうまく利用したわけ。他方でレーガンやサッチャーは彼らのアイデアを利用して世界を変えた。歴史学者として思うことだけど、真の変革には一世代分くらいの時間がかかると思う。フリードマンの言葉を借りるなら、「危機が起きたときに身の回りに散らばっているアイデア」がすべてを決める。だからこそきみも含め数年前からUBIを広める運動をしてきた人たちは重宝されるべきだと思うんだ。時間がかかることだからね。非現実的で不合理で馬鹿げていると言われて軽視されるようなアイデアが何かの拍子に突然主流になって世界中の機関を駆け抜けていくことがある。でもそのためにはそもそもそういうアイデアが世論の一部になっていないといけない。それは簡単にできることではなくて、忍耐が必要とされる。俯瞰したときに見えてくるのはそういう風景なんだよ。

ヤン きみも歴史的な役割を担った人の一人だと思うよ。誓ってもいい。

ブレグマン そこまで言えるかどうかはちょっとわからないな(笑)。

ヤン いや、そうだよ。僕が出会った人たちもみんなきみのTED Talkに影響を受けていたもの。そのあと僕もこのアイデアを掲げたわけだけど、今ではアメリカで何百万人もの国民が支持をしていて、パンデミック対策の現金給付にもアメリカ国民の大半が賛成してる。きみの言うとおり、ミルトン・フリードマンや「株主配当」カルトがアメリカの思想を席捲したわけだけど、ここ50年間で僕らは「人間は経済に奉仕するために存在する」と思い込まされてきたし、巨大な機械へのインプットにすぎないのだという風に洗脳されてきた。例えばマーティン・ルーサー・キング牧師は暗殺されるその日までベーシックインカムを推進していた。今では彼の名前は国民の休日になってる。きみがどれくらいアメリカにいたのか知らないから、これも知っているかどうかわからないけど、キング牧師の誕生日は休日になっていて、子どもたちは学校を休むし、あの「I Have a Dream」スピーチからの引用も放送されたり、人種間平等についてのメッセージが発信されたりする。僕は「万人に所得を保障せよってキング牧師が言った方のスピーチを流してくれよ」って言い続けているんだけど。

ブレグマン そっちは聞かれたくないんだね、多分(笑)。

ヤン そうなんだよ!(笑) ふりかえってみると、ここ50年間は市場原理主義の完全勝利におわった。僕らに残されたのは「振り子を逆方向へ振るにはどうすればよいのか」っていう問題だけ。個人的には、振り子はけっこうな勢いで逆へ振れていると思ってるよ。目の前の現実がそうさせているし、アメリカでは特にそう。オランダの状況についてはあまりよく知らないけど、こちらでは恐慌レベルの失業が起きている。

ブレグマン 思うに、アメリカでは「資本主義対社会主義」とか「市場対政府」っていう実にマヌケな議論があるよね。そういう対立軸で話を進めるのがよいのだといわんばかりにさ。冷戦期に生まれ育った世代の思想家や知識人や政治家は、経済や政治について考えるときにこういう白黒はっきりついたような世界観を持ち込んでくる。でもそれはナンセンスだよ。「人間性第一」「人道資本主義」っていうきみのアプローチの魅力はここにあると思う。他国や1960年代のアメリカやイギリスのモデルに注目してみると、富裕層への税率は今よりもはるかに高かったけど、経済成長や技術革新の強度も今より高かった。つまりこれは両立しうるんだよね。メディケア・フォー・オール(訳注:メディケアの国民皆保険化)や国民皆保険制度があったほうが効率が良いし、資本主義がよりスムーズに機能するようになる。

ヤン ホント、効率が上がるよね。

ブレグマン 費用も下がるし、サービスの質も向上する。アメリカを除けば先進国のほぼすべてにある制度でしょ。カナダやイギリスでは保守派すらも国民皆保険が大好きで、もう溺愛と言っていいくらい。イギリスの保守派は国民保健サービス(NHS)を絶対に批判しない。むしろNHSを使ってEUを叩いた。「EUを離脱すればNHSに使えるお金が増えるぞ」ってね。イギリスのポピュリストはこういう論陣を敷いた。とにかくアメリカのこの資本主義か社会主義かっていう議論は本当に嫌いだな。馬鹿じゃないかと思っちゃう。

ヤン 本当にアホだよね。まったくつじつまが合わない変な会話へ入り込んでいくという意味では有害ですらある。大統領選挙の討論会で一度これについて話したんだ。国民皆保険制度は経済に多大なる恩恵をもたらしてくれる。費用が合理化できるだけじゃなくて、きみにとっては新鮮な視点かもしれないけど、例えばアメリカでは新しい事業を立ち上げたり何らかの形で独立したいと思っていても健康保険のやりくりができなくて挫折した人がたくさんいる。何百万人もいるんだよ。誓ってもいい。アメリカでは健康保険が雇用に依存しているから、「保険まで捨てるわけにはいかないなあ」ってなっちゃう。「雇用固定」(ジョブ・ロック)っていう、この現象を指す専門用語まであるんだよ。アメリカには雇用固定が蔓延していて、起業や冒険や転職を阻んでいる。雇用から健康保険を切り離してあげれば、アメリカの経済に巨大な刺激を与えることができるわけ。事業も創造力も起業も人間生活もみんな潤う。明らかに正しい選択なんだよ。僕らの今の制度は目も当てられないほどひどい。問題は今の地点からゴールまでどうやって到達するのかってことだね。アメリカには古い制度の残骸がまだたくさんあるから、当分は改革が難しいだろうなって思う。

ブレグマン 野心があって頼りがいもある政府ってことでいえば、唯一アメリカがもつ強みは技術革新だね。アメリカはヨーロッパの国々よりも積極的に技術開発や革新に投資をしているけど、その理由は「国防」「軍事」っていうレッテルのもつ力で、近年の根本的な技術革新のほとんどが軍事研究から出てきている。マリアナ・マツカートっていうイタリアの経済学者が指摘しているんだけど―ちなみにマツカートは現代で最も重要な思想家の一人だと思う―iPhoneに入っている技術革新、つまり「馬鹿電話」を「スマートフォン」に変身させた技術は最後の一粒まで全部ヨーロッパの研究費やアメリカの軍事研究費をベースに政府のお金で活動をする研究者が生み出した。タッチスクリーン、音声認識機能、バッテリー、インターネット、携帯技術… とにかくスマートフォンに必要なものはすべてそうだ。ではアップル社のような企業は不要なのかというとそうではない。新しい技術を使って製品を開発してくれるのはけっこうなことでしょ。ただ少なくともちゃんと税金は払ってくださいよという話。そうすればまた新しい技術革新への投資ができるようになる。グリーンテクノロジーとかね。これをみれば市場か政府かっていう対立軸でものごとを考えるのがいかに愚かなのかがはっきりするでしょう。実際にはどちらも必要なんだよ。市場は巨額の基礎研究費を注ぎ込んでくれるような野心的なベンチャー資本家を必要としている。きみは起業家だから言うまでもないけど、失敗も当然たくさんある。これはでもよく見落とされがちな点だよ。例えばイーロン・マスクは政府からなんと50億ドルも支援を受けている。

ヤン 彼はけっこうそれについてはオープンだけどね。

ブレグマン 僕らは彼を起業家の鏡として崇めているでしょ。

ヤン 究極の起業家だよね。トニー・スタークの現実版みたいな。彼はテスラやスペースXについてもけっこうオープンだって。

ブレグマン それはいいことだ。念のため付け加えておくけど、べつにイーロン・マスクをけなそうとは思わない。[政府からの支援は]批判ではなくむしろ賞賛すべきことだと思うよ。

ヤン そうそう、賞賛すべきだよ。彼は世紀の大問題に取り組んでいるわけだけど、大きな問題を解決しようと思うのなら政府から支援があるのはむしろ素晴らしいことじゃん。何かがうまくいっているっていうサインなんだから。

ブレグマン まさしくそのとおり。でも問題は、僕らは政府による投資となるとソリンドラみたいな失敗例ばかり覚えていて、イーロン・マスクやスペースXやテスラにも巨額の政府投資が流れているっていう現実を忘れてしまっている。

ヤン そもそもソリンドラへの政府出資はあとでほぼ全額返納されたよね。つまり損失すら出なかった。アメリカの政治の現状を物語る例だと思う。みんな勝つことばかり考えていて、有効な政策を編み出そうという姿勢がない。あとアメリカにいてつくづく感じるのは、政府がいかに遅れているかってこと。ちっとも更新される気配がないでしょ。アメリカの今の競争力だって、本来ならば政府が牽引すべきところなのに、むしろ足手まといになっていて、これでもなお競争力が保たれているのが不思議なくらいだ。僕が大統領選挙に出た理由の一つにアメリカ政府を現代にふさわしいものに変えたいという思いがあって、ベーシックインカムも国民の手にリソースを行き渡らせる方法として次世代にふさわしいと思ったからだよ。
 本に話を戻すと、『Humankind: A Hopeful History』の装丁はこんな感じ(カメラに本が映る)。これの研究内容で面白いと思ったのは、僕らはみんな人間は血なまぐさい生き物で放っておいたらひどいことしかしないんだと考えるように訓練されてきたわけだけど、きみはそういう訓練に逆らって研究を進める必要があった。思索を深めていく中で、「いや待て、なんで僕らはこんな風に考える癖がついてるんだ? キーポイントはどこにあるんだろう?」ってな感じで解明の糸口を探したはず。そういうキーポイントをいくつかきみは探し当てて反駁してるし、しっかりとした文脈に乗せて解明している部分もある。新しい物語を打ち出している場面もあるし。そこからきみは色々な教訓を引き出しているけど、なかでも面白いと思ったのは、暴力をふるってひどいことをしても抵抗をそれほど感じない人が本当にごく少数だけど存在するということ。残念ながらそういう人に限って現代社会の権力者になっていたりする。歴史上の悲劇や残虐な行為、非人道的な行為が起きる理由を、きみはこういう風に説明したわけだ。

<Part 3> 0:52:40

ヤン それできみは今どう思ってるの? 人類は本質的に善であるっていう結論にたどりついたのかな? きみの議論や著作に僕はほぼ全面的に賛成しているんだけど、そこには僕らだけじゃなくてほぼ誰でも納得できるような考えもたくさんある。「人への期待は人の行動を変える。他の人にむかって『お前は救いようのない功利最大化生物だ』って言い続ければ、人がそういう行動をとるようになっても無理はない。でも『きみは善人で、家族や周りの人たちのことを気にかけていて、大体の場面で正しい選択ができるし、棍棒をもった人たちに脅されなくてもうまくやっていけるはずだよ』って言えば、ほぼ万人が今よりも優れた行動をとるようになるんじゃないかな。こういう自信を浸透させてくれるような社会構造があって、自分は信頼されていて投資もされていて自分で自分のことを決めてよいのだと思えるようになれば、それは僕らにとっても大きな力となるし、方向性としても妥当でしょ。そうなれば人類の進歩や発展も新しい章に突入するんじゃないかって思ってる。

ブレグマン まあでも、一つ注釈をつけるなら、別に人間は自然に善だとは思わない。人間は天使ではないからね。ひどいこともたくさんする。嫉妬とか敵意とかも抱く。でも進化論的には、他の人たちと協力して一致団結するように進化してきたってわけ。よくこういう質問があるでしょ。「人類はなぜ特別なのか。何が成功の秘訣だったのか。ピラミッドやスペースシップを作って、地球を掌握できたのはなぜなのか。ボノボやゴリラやネアンデルタールにはそれができなかったのはなぜなのか」。最近の生物学では、人類の特殊能力は「友好性」つまり「友情を育む力」なんじゃないかって言われてる。個人としては、僕らはそれほど頭も良くないし、特別でもない。例えば知能テストで2歳児を豚と競わせたら大抵は豚が勝つ。豚は頭がいいんだから、ベーコンを食べるのももうやめましょうよってわけ(笑)。まあでもそれはまた別の機会に話すとして… チンパンジーと格闘した場合も同じで、ボコボコにされるだけでしょ。つまり人間は体力もあまりないし、他の生物種と比べてもそれほど頭が良いわけじゃない。でも他の動物には到底できないようなスケールで協力しあうことができる。物理学者のアイザック・ニュートンは「私がはるか彼方まで世界を見渡せたのも、ひとえに巨人たちの肩の上に立っていたからです」って言った。でも実はそれは違うと僕は思う。人類がはるか彼方まで世界を見渡せたのは、ひとえに小人の肩の上に立っているからなんだよ。結局僕らは、互いの肩に立つ無数の小人なんだ。僕らの知能の源泉もそこにある。ジョセフ・ヘンリックという人類学者がいる。僕の本でも引用したけど、彼はとても面白い例を引き合いに出してこう言ってる。「ある惑星に2つの部族がいるところを想像してみてほしい。1つ目の部族は『真似族』で、もう1つは『天才族』と呼ばれている。天才族はとにかく頭が良い。みんなアインシュタイン級で、それぞれすごい発明をしている。問題は、天才族は社交性が低い。あまり友好的でないんだね。だから新しい発明をしても誰とも共有しない…

ヤン 僕の子どもの頃みたいだ。(笑)

ブレグマン …それで真似族はというと、頭はそんなに良くないけど(つまりどちらかというと僕みたいな奴らなんだけど)、読んだことや学んだこと、みつけたことや発見したことなんかを共有するのが好きなので、稀に真似族の一員が大発見をするとたちまちみんながそれを知ることになる」。それで、この2つの部族を歴史の流れのなかで競争させてみたら、なんと天才族よりも真似族のほうがはるかに多くの革新を生む結果になるんだ。天才族はたしかにたくさんの発明をするんだけど、それをうまく後世に残せない。対して僕らが実際に持っているのは「蓄積された文化」なんだ。言語を磨き上げていったり、色々な技術革新を積み上げていく。個人でみたらそれほど特別ではないけど、集団でみたらものすごい知能をもっている。それはUBIや自由配当への哲学的な議論としても理解できるよね。「ほら、人間の繁栄は集団から生まれるものだよ。それは協調のおかげで生まれたものだ」ってね。もちろん、だからといって性善説が正しいと言ってるわけではなくて、人間は協力して動いているときですらひどいこともする。それは人間の友好性の闇の側面と言ってもいいね。集団性というか、部族性というか…

ヤン 部族主義だね。

ブレグマン そうそう、そのとおり。友情や忠誠や同志を大義名分に筆舌に尽くし難い悪事を働くこともある。歴史のもつ闇の力学とでも呼ぶべき現象で、今のアメリカにもあてはまるんじゃないかな。集団の中と外で別々の行動をとって、それがどんどんエスカレートしていくっていう。そういう状況では、むしろ一回自分の直感を捨てて、一歩引き下がって全体を俯瞰して、理性を使うべきだよ。「あれ、待って、あの集団にいる人たちだって自分とあまり変わらないじゃん。あの人たちだって、結局自分と似たような直感や感情をもった人間にすぎないじゃん」ってね。

ヤン つまり、人間は「善」であるとは言い切れないけど、「協調性」があって「共有」する傾向があって「集団的」な生き物だと言ってもいいっていうこと?

ブレグマン そういうこと。もう一つ面白いのは、正しいことをするにはあえて友好的でない態度をとるべき場面もたまにあるってことね。歴史上の偉人をみればわかると思うけど、あの人たちは反骨精神が旺盛で、別に友好的ではないし、「性悪」で「めんどくさい」奴らだとしばしば思われていた。さっきマーティン・ルーサー・キング牧師のことを話したけど、彼は今でこそ偉人や聖人みたいな扱いをされているし、アメリカでは休日が増えてみんなで「キング牧師ラブ」みたいなノリで祝っているけど、当時彼はかなりの異端児だったわけでしょ。決して人から好かれるような人ではなかった。

ヤン まさしく異端だったよね、彼は。

ブレグマン そうなんだよ! みんなキング牧師が大嫌いだったじゃん! でもそういうことを僕らはすぐ忘れるよね。進歩って、人柄のいい人からくることはほとんどなくて、性悪で反骨精神旺盛な人たちがもたらすものなんだよ。もちろん、じゃあみなさん性悪人間になりましょうと言いたいわけじゃなくて。どんな運動でも2つの役割を両立しないと…

ヤン マーティン・ルーサー・キング牧師の他に、きみの話を聞いていて思い浮かんだ人物があと2人いる。スティーブ・ジョブスとバーニー・サンダースね。(念のため言っておくと、バーニーはいい人だよ! 笑)。温和で人当たりがいいとはお世辞にもいえないけど、それでも僕らを進歩させてくれた人たちってことで、この2人がふと浮かんだ。

ブレグマン なるほどね。それにこれとは別の種類の人たちだって欠かせない。運動を成功させるにはとにかくたくさんの役割が必要になる。警官隊に引きずられていく覚悟をもった人たちだって必要だし、人脈形成が上手で横のつながりをうまく作って人々をまた結束させてくれるような人たち、ものごとを動かすためなら心地悪い妥協も辞さないような人たちだって必要なんだ。僕らはよく社会活動家を比べて一部の人を持ち上げる癖があるでしょ? 「アンドリュー・ヤンは好きだけどバーニー・サンダースは嫌い」とか「グレタ・トゥンベリは好きだけどエクスティンクション・リベリオンは嫌い」とかいう風にね。でも本当はみんながそれぞれ別々の役割を担っているのだとしたらどう? もしもだよ…

ヤン そう、僕らにはみんなそれぞれ役割がある。ステキだし、魔法みたいな話だよね。僕もこれまで色々な人に会ってきたけど、みんな独特の役割をしっかり担っている。同時にみんなほぼ同じような方向に向かって一緒に進んでいるという感覚もある。ユニバーサル・ベーシックインカムについては特にそう思うよ。僕もきみの描いた人間像を支持したい。大統領選挙を通じてたくさんの人たちに会って、本当に色々な人生経験をしてきた人たちに会ってさ、それこそ信号機もないようなすごい田舎の真ん中でそういう人に会ったり、かと思えば大都市でも出会いがあったりしたわけだけど、そういう人たちはほぼ全員善良で開かれていて協調性があって友好的だった。僕らのチームがそれこそレンタカーに乗って街から街へ訪ねていく。カフェや誰かの自宅や組合ホールなんかで話をしたりして、それはもう本当に楽しかったよ。素晴らしい人たちばかりで、必ずしも賛成しない場合でも僕の言うことをしっかり聞いてくれたし、「来てくれてありがとう」って言ってくれた。選挙の旅路でつくづく思ったのは、人間は基本的に開放的で人情があって共同体を大切にする生き物だってこと。これはここ数年で僕の中に一番強く根付いた感情でもあるんだ。きみも世界中を旅してきたわけだから、そういう経験はわかるんじゃない? 僕はたしかにアメリカ全土を飛び回りはしたけど、とにかく選挙選挙でもうずいぶん長い間外国へ行っていない。(笑)

ブレグマン 偏見を払拭したいのなら、旅は魔法の薬だよね。遠くにいる人を憎むのはわりと簡単だからね。ツイッターのプロフィールとかだけ見てると、相手がなんだか抽象的な存在に思えてくるでしょ。それは移民でもいいし、民主党とか共和党とかの支持者でもいい。対して、目の前にいる人を面と向かって憎むのはかなり難しい。人間はそもそも面と向かって人と接するように進化してきたわけだから。動物種の中でも人間の顔は最も表情豊かだし。例えば顔を赤らめることだってできるでしょう? これって他の霊長類にはできない芸当なんだよ。それに自分の意志に反して感情が表に出ちゃったりもするけど、これが進化論的にはむしろ利点だったというのも面白いよね。思うに、これのおかげで信頼が生まれたんだよ。あと、人間の眼も特別で、他の霊長類200種の眼と比べてみればわかるけど、白目があるのって人間だけなんだよね。白目のおかげで、きみが今僕のことを見てるってこともすぐにわかるし、相手の視線も追いやすくなる。チンパンジーやボノボだと、視線がどこにあるのかが一目ではちょっとわかりにくい。

ヤン なるほど。ボノボはどこか胡散臭いと思ってたんだよ(笑)。

ブレグマン いやいや、ボノボはむしろけっこうフレンドリーな生き物なんだよ。排外主義(ゼノフォビア)の反対語って何だろう… 愛外主義(ゼノフィリア)って言えばいいのかな? とにかく外から来る他人が大好きで、例えばボノボのグループが別のグループに遭遇すると、初対面だった場合はいきなり乱交が始まる(笑)。

ヤン それは知らなかったな(笑)。

ブレグマン ボノボはそうやって挨拶するらしいんだ(笑)。別に人間にそうしろと言いたいわけじゃないけど(笑)、でもそれでもボノボから学ぶべきものもあるってこと。

ヤン つまり、僕らは互いを信頼するように進化してきたわけで、だから互いの目線がすぐにわかったり、顔から感情を察したりできるっていう…

ブレグマン そういうことがあるから旅って大切なわけ。実際に他の人と会うことで、普段ツイッターやフェイスブックやニュースで見ることの虚構性みたいなものを思い出すきっかけになる。これはけっこう大変な問題で、要するに権力者たちってシニカルでさ、世界が今のまま続いていってほしいって思ってるわけだけど、権力者たちからしたら僕らはCNNに釘づけになっていればそれでいいわけ。Fox Newsに釘づけになってればね。ニュースばっかり観せておけば、僕らをシニカルな臆病者に変身させられる。そういう臆病者を支配するのって簡単だからね。逆に、信頼感を人生の基調にしている人は支配しにくい。「まあ、それなら私たちでなんとかします。むしろこれを機に普通の国民がもっと意見を言えるような真の民主主義社会を作ろうかな」なんて言い出すでしょう。歴史を通して…

ヤン 「むしろこれを機にみんなに2000ドルずつあげてもいいんじゃないかな」ってな感じでね。

ブレグマン そうそう! それは危険なアイデアなんだよ。お上の権力者たちは「万人に自由を」っていう考えを怖がっている。そうなったらもう権力者は不要になるんじゃないかっていう不安に駆られてるんだ。

ヤン それは僕も同感だな。僕らの周りに今ある機関はとにかく人を信頼していない。そういう態度が指導者にもメディアにも政策にも浸透しきっている。僕からすれば、選挙に出るならユニバーサル・ベーシックインカムを主軸に据えるのは当然だと思える。「当然実施すべき政策でしょ。なぜって、最悪の事態を免れるためにっていうのももちろんそうだけど、何よりもまず美しい人間的な理由がたくさんあるじゃない」って思ったわけ。すると今度は権力の座についている人たちがあれこれ理屈をこねてことあるごとに反対してくるわけじゃん… 「なんでそこまで強く反対するの? みんなにお金をあげて何が悪い? むしろもう何十年も前からやっておくべき政策じゃない?」って思ったよ、本当に。だからきみの言っていることには大賛成だし、人を信じるっていう考え方と僕らの社会の実際の仕組みとの間の乖離っていうのかな、そういうものに含まれる奇妙な緊張や乖離はたしかに押さえておくべきポイントだよね。

Part 4> 1:06:54

ブレグマン ところで、権力の腐敗っていう問題についてはどう思う? というのも、研究調査を進める中で僕はこの問題に何度もかえってくるはめになったから。権力って麻薬みたいなもので、権力者の脳をスキャンしてみると共感を司る部分の機能が低下してるところがわかるし…

ヤン 脳傷害があるわけか!

ブレグマン 権力者は顔も赤らまなくなる。例えばボーリス・ジョンソンやボルソナーロやトランプが赤面しているところなんて想像できないでしょ? 権力ってとっても危ないものなんだよね。遊牧民はそのことをもうずっと前からわかっていて、謙虚さを重んじるような強い文化をつくりあげてきた。自虐的な冗談を言い合うようなね。逆に「俺はこんなにすごいんだぜ」ってな感じで自慢をする人は白い目で見られた。権力の危うさをわかっていたから。それにひきかえ僕らの社会は、もはや「友好者生存」(survival of the friendliest)ではなくて「厚顔無恥者生存」(survival of the shameless)になりはてている。それは僕らが社会としてたびたび直面し続けてきた問題でもある。権力者をうまくコントロールして謙虚にしておくのって、すごく難しいんだよ。

ヤン これは本当に深刻な問題だよね。権力が共感力を低下させて脳を変形させるメカニズムを僕はきみの研究から学んだけど、これはたくさんの権力者と交流をしてきた僕の経験とも合致する。優れた権力者って、人間性をそれなりに保てているんだ。それは女性であったり、自分は権力者ではないっていう自己イメージをもったグループに属する人だったりすることが多い。権力をふるわれる側の気持ちがよくわかるっていうか、少なくとも権力の側にいる男性とか、文脈によっては白人の男性とか、そういう人よりはそういうことがずっとよくわかるわけね。きみのいう「脳傷害」は実際に起きているはずだと僕も思う。その点で一つ言うと、僕は「任期」っていう概念がけっこう好きで、「権力で脳が傷害を負う前にとにかく仕事を片付けてもうさっさと退任してください」っていう(笑)。

ブレグマン まさにそうだよね(笑)。

ヤン 「まだ脳がヤられてない人がそこに待機してるんで」とか言ってさ(笑)。あるいは、指導者には人間性を維持するためのちょっとした演習をしてもらったり。これって実はほんの少しだけど僕にも身に覚えがあることなんだ。今でこそ僕も他の人たちと同じように家にこもって暮らしているわけだけど、選挙中は自分の陣営が伸びていくにつれて僕の態度や行動もつられてある方向へ流されそうになった。すごく基本的なことかもしれないけど、まだ会社の経営をやっていた頃、僕はとにかく自分の会社で働いている人を一人ひとりちゃんと知っておきたいって思っていて、例えば新規採用のときには全員と面接をやったりしてさ。ところが大統領候補者になった後は、例えばあるイベントに顔を出したりすると、今まで名前も聞いたことのないような人が僕のチームの一員として働いていたりしてね。それはある程度は仕方がないことだよ。「活動の幅が広がったんだから、もっと人を雇うのは当然でしょ」っていうわけで。それは納得したんだけど、そうすると今度は他の人との自分の接し方が変わっていくのに気がついたんだよね。権力からくる脳傷害を負ったとまでは言わないけど、そこまで行っちゃう人の気持ちがそのときによくわかったよ。

ブレグマン それは僕にもわかる。外から見ていてもそれは伝わってきたよ。もうそれは自分で意識してなんとかするしかないよね。例えば、いい意味であんまりこちらを尊敬していないような人を積極的に近くに置いておくべき。そうすれば、結局自分も周りの人たちの努力が生んだ結果でしかないんだってことが実感できるようになるでしょ。本の執筆だって良い例だ。僕の本も人類学者や社会学者や哲学者や経済学者や、とにかく無数の優秀な専門家がいてくれたおかげで書けたわけで、僕はそれを一つにまとめただけなんだよ。それすらも同僚や編集者や校閲者みたいな人たちがいてくれて初めて成り立つことで、結局のところそれは集団的な努力の賜物なんだよね。でもそれはいつも自分に言い聞かせ続けないといけないことでもある。そういう文化をつくるのも重要だし。オランダとアメリカのちがいはここ。オランダでは成功者が犯罪者扱いされるような風習もあって(笑)、まあ平等主義の文化が強いわけ。成功者はなんか胡散臭いなっていう風にみんな思ってるわけね。それにはもちろん悪い面もある。例えば世界的な企業がオランダからはあまり輩出されないのもそういう原因が少しはあるのかもしれない―誰かこのテーマで博士論文をやってくれないかな(笑)。でもそういう文化には良い面もある。政治家がもう少し謙虚になるからね。

ヤン そうだね。アメリカではそれは特に大きな問題でさ、これを制度レベルで解決するにはどうしたら良いのか、僕もすごく興味がある。これは本当に大切な問題で、ちゃんと政策立案して取り組むべきだと思うよ。だってろくでもない指導者が人間性を失いつつ権力の座に居座るって、もう最悪じゃない? それは最近の抗議運動からも思うことで、地方自治体にも共感力が低い権力者がたくさんいるんだろうなって気がしてくるよね。それに「なんで俺を責めるんだ。俺の部署を悪者扱いするんじゃないよ!」ってな具合に感情的に反応する人たちもいるけど、そういう人って多分周りの人たちの苦しみがわからないんだよね。自分の共同体にある本当の問題や苦情や犯罪行為が見えなくなっている。きみが言っていることは僕にとっても本当に大切な問題でさ、もうとにかく権力というものが人間に及ぼす悪影響をどうやったら巻き戻せるかってことでしょう?

ブレグマン 「参加型民主主義」って聞いたことある? UBIともけっこう深く関わっているんだけど、この本を書いた理由の一つはさっきも言ったみたいに人間の本性についてもう少し深く掘り下げて根本問題に取り組む必要を感じたからなんだけど… ベルギーの哲学者で友人のデイビッド・ヴァン・レイブルークが何年か前に『Against Elections』(訳注:『反選挙論』)という本を書いていて、僕らは真の民主主義へと進むべきだ、3,4年に一度投票する権利があって終わりではなくて、国民一人ひとりが政治家として実際に政治を動かすようになるべきだって言ってる。例えば古代ギリシアの人たちと同じようにくじ引きで当選者を決めたりとかして。民主主義ってもともとそういうところからきた制度でしょ? 「熟議民主主義」って呼ぶ人もいるよね。レイブルークは1970年代以降の実例や実験を豊富に盛り込んで、こういう形の民主主義はうまくいくんだってことを示してみせた。まず色んな人たちを一つの部屋に集める。左翼も右翼も、富裕層も貧困層も、若者も年配者も、とにかくみんな集めて、そのときどきで話題の社会問題について議論をしてもらう。それは麻薬に関する法律でもいいし、税制でもいいし、堕胎問題でもいい。すると、大抵の場合議論はわりとリーズナブルな妥協点に収束していくんだよね。これには僕も驚いた。あと専門家の意見もちゃんと聞けるようにしておくこと。そうすると実にうまくいくんだよ。民主主義をこういう風に思い描くには、そもそも今とは別の人間観から出発しないといけない。UBIも同じで、他の人たちを違う目で見れるようになればUBIの妥当性がわかるようになる。ところが、他の人は怠惰でちゃらんぽらんで政治にも興味がなくて、NetflixやAmazon Primeにしか興味がないのだっていう見方から出発しちゃうと…

ヤン 僕も大衆の知恵や人々の知恵っていうものには大きな信頼を抱いているよ。そもそも今の僕らが直面している主な社会問題に関しては、現実離れしたエリート層が国を沈没させんばかりの勢いでハチャメチャな決断ばかりしているけど、それに比べたらよっぽどマシだと思うね。だから民主主義を一から構想し直して、人々が自分や自分の地域社会にとって一番良いと判断したことをしっかり実現できるような仕組みを作るのには大賛成。ユニバーサル・ベーシックインカムもその一環だと思うね。みんなに向かってこう言うわけだから―「きみはこの国のステークホルダーなんだよ。きみやきみの子どもたちにしっかり投資をしよう。僕らのもっているリソースの使い道を決めるのはきみだ。何百何千マイルも離れたところから指図してくるクソ野郎なんかよりも、きみの方がよっぽど良い判断をしてくれるはずだから」ってね(笑)。

ブレグマン まさしくそのとおりだよ。

ヤン 「あいつらに任せても、パイプにリソースを詰まらせたあとで今度は『あなたは信用できませんね。資源がほしかったら、給付を受ける資格があるっていうことを証明してください』なんて言い出すだけでしょう」。だからきみの思い描く展望には僕も深く共感する。

ブレグマン ありがとう。最近僕は専門家ってなんだかインチキくさいなって思うようになってきた。「私はこれこれこういう分野が専門です」とかいう風に名乗り出る人たちはたくさんいるけど、人の人生について一番よくわかっているのは当事者たちでしょう。今では「知識経済」なんて呼ばれるものまで生まれちゃっていて、単純なはずのものでもどんどん複雑にしていってさ、要するに他の人を自分の知識に依存させようとしてるんだよね。すると複雑なものを管理するために官僚やマネージャーが必要になる。でもそもそも複雑にする必要はあるのかっていうところを、一度原点に返って問い直した方がいい気がする。例えば健康保険制度を考えてみて。いまやもう複雑極まりない制度になってるでしょ? そもそも保険制度って、こんなに複雑じゃなきゃいけないの? 一昔前の単純な制度に戻ってもいいんじゃない? 1980年代のオランダを今振り返ってみると、今よりもよっぽど単純だった。自分よりも苦しい立場にいる人を応援するための制度だったわけ。それってこれ以上何か革新すべきものなのかな? アプリとかマネジメント理論とかをこれ以上量産する意味なんてある? むしろ基本に帰るべきで、「世紀の新発見だ、すごいだろ」とか言ってるTED Talkのスピーチなんかももっと疑うべきだと思うけどね。

ヤン きみが引用してるあのオランダの起業家の言葉があてはまるよね。「単純にするのは難しく、難しくするのは単純だ」だっけ? いや、違うな(笑)。

ブレグマン 「難しくするのは単純で、単純にするのは難しい」だよ(笑)。

ヤン そう、それ!

ブレグマン 彼の哲学が集約された言葉だね。彼はけっこう大きな医療団体を創設して、看護師が自主的に集まって動けるようにしたんだ。今では1万5000人の従業員がいて、名前は「Buurtzorg」っていうんだけど、翻訳するとしたら「地域医療ケア」だね。医療ケアをより安く、より高い質で提供して、従業員への給料も高く設定してる。良いことづくめなわけ。下手に競争なんかするよりもこっちの方がよっぽど良い。ここでも資本主義対社会主義っていう議論の不毛さがよくわかる。税収でまかなわれている団体で、従業員が各々の判断で自由にベストを尽くせるような分散型の環境が整っているわけだから。相反すると思われている2つの展望がこうやって融合してるところをみると、可能性を感じるね。

ヤン 僕に言わせると、真の対立軸は人道対非道だと思うね。目標は僕らの経済や地球をなるべく速く人道的にしていくこと。その意味で、きみは人類の偉大なリーダーだ。世界中で何百万人もの人たちがインスピレーションを求めてきみの言葉を聞きたがっている。僕もそのうちの一人だけど、とにかくすばらしい仕事をしてくれたきみへ、心から感謝したい。いや、冗談抜きに僕はきみの展望の一部になりたいって思ってるんだよ。ものごとを前に進めたら、あとはもう退散しようと思ってる。わかるでしょ? 「これから先は全部俺の言うとおりにしろ」とかいう風に権力の座に居座りたいとは少しも思わない。とにかくそれぞれが自分の人生を自分で決められるようにするお手伝いがしたいだけなんだ。そういう展望はなるべく早く実現すべきだと僕は思ってるんだけど。

ブレグマン 僕もだよ。また機会があったらぜひオランダにも来なよ。オランダもきみみたいな人を必要としてるんだ。

ヤン もちろん。あと『Humankind: A Hopeful History』の出版、あらためて本当におめでとう。前作はベストセラーになったけど、これもきっと大ヒットするはずだね。視聴者のみなさんにもぜひ手にとってみてほしいな。心躍る読書体験ができるはずだし、今よりも楽観的で可能性のある人間観に出会えるはずだから。

原典 | Original podcast: https://shows.cadence13.com/podcast/yang-speaks/episodes/ba4a6e0a-68ec-4c06-bb02-8ab9a753e6e1

著者・訳者から許可のない転載を禁じます。Translation Copyright © 2020 Kenji Hayakawa